優生学とその時代背景

日本の介護施設で殺人が起こったことと、その犯人がヒトラーの思想が降りてきたと語ったことで、優生学が脚光を浴びています。しかしどの記事を見ても、優生学の考えがホロコースト(ユダヤ人への差別)に繋がったと言及されているだけで、「なぜそのような考え方が広まったのか?」という時代背景については言及しているものが少ないように感じました。

今回の犯人が本気でこのような思想を信じていたのであれば、今こそ優生学が広まった時代背景を見直し、その原因と理由を知るべきであると思います。今回の記事では簡潔に書いていきますが、興味を持たれた方は是非ご自身で色々と調べてみてください。この記事を読む人はおそらく既に知っている知識であると思うので、優生学に関する説明なども省きます。

 

優生学が広まった時代背景

第一次世界大戦の中でドイツは人口6500万人のうち200万人以上の死者を出しました。それだけではなく、多くの傷痍軍人、計20万人と言われるPTSD(心的外傷後ストレス障害)患者をも出しました。皆さん知っているように当時のドイツは多額の賠償金などで国そのものが財政破綻状態でしたが、1880年代に制定され広まった社会保障制度も相まって国の財政はさらに困難な状況に陥っていきました。

実は優生学というものは当時ドイツの医者に広く支持されており、そういった層の人たちがヒトラー率いるナチ党を支持しました。1900年代初頭は精神医学という新しい概念が確立され、研究が盛んに行われた時代でもあり、この時代に統合失調症などの病の定義や安楽死という概念も確立されていきました。統合失調症の患者は後に、ナチ党の政策により遺伝的欠陥として安楽死の対象となっていくのですが、このような政策を支持したのが当時のドイツの医者になります。

これは推測になってしまいますが、彼らはおそらく、遺伝的欠陥のある者たちが正常者の食料などを奪っていると感じたのでしょう。この考えはある意味、地雷で障害を負った人が殺されるのと同じ理由です。地雷という兵器は人を殺さない程度に傷付け、相手側の食料などを浪費させるのが目的ですが、こういった人たちはしばしば食料を巡る争いなどで味方に殺されてしまいます。

この考え方を示すようにナチ党政権下のドイツでは下記の画像が教科書に使用されていました。これの意味は「一人の遺伝病患者を支えるためには毎日5.5マルクのコストが掛かる。5.5マルクあれば遺伝的に健康な一家族が一日生活できる。」といったものです。すなわち国民が貧しいのは、遺伝的欠陥のある人たちを社会制度によって支えてるからだと教育をしたのです。

 

 

優生学の思想に関して今考えるべきこと

かなり簡潔に優生学が広まった時代背景を書いたため分かりづらい箇所もあったかもしれませんが、ドイツにおける優生学というものは当時の経済状況や国民の不満もあり、ナチ党の政策として広がるまでに至りました。ただし、優生学というものはドイツだけで広まっていた学問ではなく、当時アメリカを含む各国で重要視されている学問でありましたが、ドイツでここまでの虐殺行為に繋がったのは当時の時代背景に原因があると言えるでしょう。

生きる価値がない(と勝手に判断された)人がまともな人の暮らしを奪っていると、そういった考え方が広まったことで最終的にホロコーストでの虐殺に繋がったわけですが、このような考えの根底には自身の現状への不満、そして自身より劣る他者が元凶であるという思い込みが存在すると言えます。いつでも不満のはけ口になるのは、力を持たない人たちなのです。

今後このような考えを持った人が現れないためには、介護の必要な人たちとその周りの人たちの負担が少なくなる社会制度の実現に取り組むべきであり、差別主義者だの言っているだけでは何度でも同じ事件が起こり得ます。私の知り合いに介護関係の仕事をしている人がいるので大変難しい問題だとは分かっていますが、ただ犯人を非難するだけの人たちに違和感を覚え、今回の記事を書きました。

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