アメリカ大統領選でなぜトランプが勝利できたのか ー日本では報道されないアメリカ人の本音ー Part.3

「アメリカ大統領選でなぜトランプが勝利できたのか ー日本では報道されないアメリカ人の本音ー Part.2」からの続きです。前回の記事ではどのような理由からトランプが支持され、どのようなことが原因でヒラリーが支持されなかったのかについて説明させて頂きました。しかしながら支持出来る理由があることと、実際に票を入れることが出来る理由には大きな隔たりがあります。例えば、トランプは政治家としては素人であり、政治家として長年の実績があるヒラリーに比べ、政治家としての能力には大きな不安が残りますよね。今回の記事では、なぜアメリカ人はトランプに投票することが出来たのかに重きを置いて見ていきたいと思います。

 

トランプの公約確認

まず今回の選挙戦において焦点となったのは、アメリカにおける移民問題でしょう。皆さんご存知の通り、ドナルド・トランプは移民を敵対視する発言を選挙期間中、何度も繰り返していました。トランプの移民に対する発言は数多くありますが、二転三転した言動も多いので、いまいち何が公約なのか分からない方も多いかと思います。そこでまずは公式キャンペーンサイト上の公約(抜粋)を見ていきましょう。


DONALD J. TRUMP’S VISION(ドナルド・トランプのヴィジョン)
1. Prioritize the jobs, wages and security of the American people.
(アメリカ人の仕事、賃金、保証を優先させる。)
2. Establish new immigration controls to boost wages and to ensure that open jobs are offered to American workers first.
(賃金の上昇及び、アメリカ人労働者の雇用機会を第一優先とするために、新たな移民規制を制定する。)
3. Protect the economic well-being of the lawful immigrants already living here by curbing uncontrolled foreign worker admissions.
(野放しとなっている外国人就労者の受け入れ審査を制限することで、現在合法的にアメリカに居住している移民の経済的福祉を守る。)
  • Select immigrants based on their likelihood of success in the U.S. and their ability to be financially self-sufficient.
    (アメリカにおいて成功の有望性があり、経済的に自立できるだけの能力を持っていることを基準として移民を選別する。)
  • Vet applicants to ensure they support America’s values, institutions and people, and temporarily suspend immigration from regions that export terrorism and where safe vetting cannot presently be ensured.
    (移民希望者がアメリカの価値観、社会制度、人々を是認していることを確認するための審査を入念に行う。現在、安全のための審査が行われていることを保証できず、テロによる恐怖を輸出している地域からの移民受け入れを一時的に停止にする。)
  • Enforce the immigration laws of the United States and restore the Constitutional rule of law upon which America’s prosperity and security depend.
    (アメリカ合衆国の移民法を強化し、アメリカの繁栄と安全のための合憲的な法律規定を復活させる。)
引用元:Donald J Trump for President: Make America Great Again!
和訳:Seattle-Life.Net

こうして見てみると、案外真っ当なことを書いているように見えますが、問題となるのはその公約を果たすための政策(手段)です。顕著な例を挙げると、メキシコとの国境沿いに建設すると宣言している壁でしょう。トランプはあまつさえ、その建造費用はメキシコに負担させると言っているのです。しかしながら、このような行為は内政干渉に値するため、少なくともメキシコに費用を負担させての建設は実現性が低いとすぐに分かります。

それでは他の政策はどうでしょうか。以前は全イスラム教徒をアメリカから追い出すなども宣言していたようですが、現在は公式ウェブサイト上からその文言は削除されています。現在も残っている公約を確認すると、先のメキシコの壁以外は特定の国や宗教を狙い撃ちした政策はなさそうです。そうなると、トランプの移民政策において焦点となるのは、Immigration Law(移民法)及びVisa(査証)の二点となります。

*追記
この記事は2016年12月に執筆した原稿が大元となっています。2017年1月25日、トランプはメキシコとの国境沿いに壁を建設するための大統領令に署名しました。しかし当然のことながら、2017年2月7日現在、メキシコは建設費用の支払いを拒否しています。

 

アメリカにおける移民法と査証に関する確認

まずImmigration Law(移民法)とは、どのような内容の法律なのかを見ていきましょう。英語版のWikipediaによると、「Immigration law refers to national government policies controlling the immigration and deportation of people, and other matters such as citizenship.(移民法とは、移民、並びにその強制退去、また、市民権などの管理に関する国内政策である。)」と説明されています。

アメリカ合衆国では法律は主にFederal Law(連邦法)とState Law(州法)の二つに分かれているのですが、American Center Japanに記載されている国務省からの情報によると、「連邦政府の権限と責任は、合衆国憲法で明確に付与されているものに限定されている。憲法で定められた権限には、州間の通商の規制、国防への支出、貨幣の鋳造、移住や帰化の規制、諸外国との条約締結などが含まれる。」とされています。すなわち、Immigration Law(移民法)は連邦法によって定められていることが分かります。

それではVisa Policy(査証方針)はどのように定められているのでしょうか。アメリカ政府公式ウェブサイト(Travel.gov)によると、実はVisa PolicyもImmigration Law(移民法)によって定められていることが分かります。すなわち、今回の選挙における移民問題はImmigration Law(移民法)がトランプの意向を汲んだものに改定されるのか否かという点が焦点となっていたのです。

参考文献:Wikipedia “Immigration Law”
参考文献:American Center Japan “米国の統治の仕組み – 米国の中央政府、州政府、地方政府の概要”
参考文献:Travel.gov – US Department of State “US Visa Law, Regulation, and Policy Basics”

 

Immigration Law(移民法)を変えるために必要な過程とは

ここまで見てきたように、ドナルド・トランプの掲げる不法移民の強制退去などを実行するためには連邦法であるImmigration Law(移民法)の改定が必要不可欠となりますが、アメリカ合衆国の立法府において法案を成立させるためには、連邦上院と連邦下院の両院を2/3以上の賛成を得て通過し、その後大統領が署名をする必要があります。言い換えれば、大統領一人の権限では新たな法案を成立させることは出来ません。

これはあまり知られていない事実ですが、実は今から12年ほど前に「The Border Protection, Anti-terrorism, and Illegal Immigration Control Act of 2005 [H.R. 4437] (2005年国境警備、テロ対策、および不法移民管理法案)」という法案が共和党員の賛成多数により、アメリカ連邦下院議会を通過しました。この法案には多数の規定が含まれているのですが、主な内容を抜粋すると、不法移民の強制送還の強化・手続きの簡略化、移民の犯罪取り締まり強化、メキシコとの国境沿いに新たなフェンスの設置・監視の強化となります。

この法案は多くの国外退去者を生み出すとして、当時大きな抗議活動を引き起こしました。アメリカの労働組合もこの法案には反対の立場を示し、CNNやNew York Timesなどのメディアにおいてもこの法案に対する意見が二分される事態となりました。非常に多くの反発を招いたため、当時ブッシュ政権下の上院議会は「ねじれ」状況下ではなかったにも関わらず、最終的にこの法案が上院議会を通過することはありませんでした。

すなわち、Immigration Law(移民法)の改定は過去の事例から見ても大きな国民運動を引き起こすことは必然であり、国民からの大きな反発を生む法案を議会が承認することは非常に難しいと言えます。とりわけトランプの掲げる移民規制に関しては共和党内部からの反発も大きいため、法案の承認を得ることは一層厳しいと言えるでしょう。

参考文献:American Center Japan “米国の統治の仕組み – 連邦政府”
参考文献:新田浩司 “アメリカ合衆国移民法の最近の動向に関する研究” (PDF)
参考文献:Summary of the Sensenbrenner Immigration Bill
参考文献:Border Protection, Anti-terrorism and Illegal Immigration Control Act of 2005

 

選挙期間中における移民法の焦点まとめ

ドナルド・トランプは選挙期間中、何度も厳しい移民規制を行うと宣言していました。しかしながら、Googleを始めとした多くのアメリカ企業が移民によって設立されており、Forbesの記事によると、Fortune誌による格付けアメリカトップ企業500社のうち、実に40%が移民、またはその子ども達によって設立されているのです。すなわち、アメリカ経済というものは移民なしでは成立しえないのです。

ただ、これまで見てきたように、トランプの意向に沿う形でのImmigration Law(移民法)の改定は非常に難しいということが分かったと思います。一定レベル以上の教養があるアメリカ人であれば、上記の内容は少し考えればすぐに分かることです。そのため、トランプの支持者の中には過激な移民規制は出来ないと考えた上で投票をした人も少なくないのではないかと考えられます。

例えば、前回の記事で紹介したピーター・ティール(Peter Thiel)はトランプ支持者ではありましたが、優秀な移民の活躍によって成り立っていると言っても過言ではないシリコンバレーにおいて、数々のスタートアップに投資をし、その影響力からペイパル・マフィアと恐れられている彼がトランプの移民規制による悪影響を理解していなかったはずがありません。そもそもピーター・ティールはトランプの経済政策のみを支持していたかのような発言も目立つため、おそらく彼自身はImmigration Law(移民法)の改定がほぼ不可能だと理解した上でトランプを支持していたのではないでしょうか。

 

しかし驚くことにトランプはアメリカ時間の2017年1月27日、大統領権限の一つであるExecutive Order(大統領令)を発令し、イラン、イラク、スーダン、ソマリア、リビア、シリア、イエメンに国籍を持つ人々の入国拒否を指示しました。まさか、このような方法での移民規制はピーター・ティールも予想していなかったことでしょう。

そこで次にExecutive Order(大統領令)とは何かを簡潔に説明して本記事を締めくくりたいと思います。本来は「アメリカ人はなぜトランプに投票することが出来たのか」に焦点を置いて説明し、シンクタンクなどの話も紹介する予定でしたが、本記事では「トランプに投票することが出来た理由の一つ」として、トランプの意向を汲んだ無茶な法律の制定が出来ないことが分かっていたためとだけ紹介し、残りの内容は次回に回したいと思います。

参考文献:Forbes “40 Percent of Fortune 500 Companies Founded by Immigrants or Their Children”

 

Executive Order(大統領令)とは何か

連日、日本のニュースでもExecutive Order(大統領令)に関して報道されているようなので既に概要を知っている方も多いかと思いますが、大統領令とは連邦議会の承認を必要とせずに連邦政府機関に対して法的な拘束力を持つ指令を発令できる大統領権限の一つです。この大統領令は憲法で明確に規定されていませんが、非常に強力な権限を有しており、大統領が掲げる政策実現のための強硬手段としてしばしば活用されてきました。

こんなことを聞いてしまうと、議会を通してImmigration Law(移民法)を改定する必要はないじゃないかと思うかもしれませんが、実は明確に規定されていないだけで、アメリカ合衆国憲法において大統領は「法律が忠実に執行されるよう配慮しなければならない」とされています。すなわち、大統領令は本来、議会が承認した法律に準じた形で発令される前提となっているのです。

事実、American Center Japanによると、大統領令が憲法に違反するか、または現行法に抵触すると考えられる場合には、法廷で異議を申し立てることができ、大統領令は通常「連邦議会で可決された法律の施行方法に影響を及ぼす政策を立案する」目的で発令されるとあります。この考え方を示すように、マイク・コフマン下院議員は今回の件に際し、「大統領令が現行の法規制内の内容であれば適切だと思うが、大統領令が新たな法律に成り替わるものである場合には不適切であると思う」と自身の考えを表明しました。

 

つまり、この度のドナルド・トランプの大統領令は現行のImmigration Law(移民法)の内容を無視した形での発令となったため、アメリカ国内で大きな波紋を呼んでいるのです。実際におよそ一週間後の2月3日にはワシントン州シアトルの連邦地裁において入国制限の差し止めが言い渡されました。今回の判決理由としては経済などに与える影響が甚大なことを挙げていますが、ワシントン州やカリフォルニア州ではこの度の大統領令が違憲だとして訴訟を起こす動きが広がっています。要するに、大統領令がいかに大きな権限を持っていようとも、大統領令は法律に取って成り替わることは出来ないのです。

ここまでいかがでしたでしょうか。本来書く予定だった内容とは大幅にズレが生じてしまいましたが、シンクタンク等、その辺の内容に関しては次回「アメリカ大統領選でなぜトランプが勝利できたのか ー日本では報道されないアメリカ人の本音ー Part.4」にて述べたいと思います。

参考文献:American Center Japan “米国政府の概要 – 行政府 ― 大統領の権限”
参考文献:American Center Japan “米国の統治の仕組み – 連邦政府”
参考文献:The Wall Street Journal “トランプ氏の大統領令連発、議会権限の侵害懸念も”

 

「アメリカ大統領選でなぜトランプが勝利できたのか ー日本では報道されないアメリカ人の本音ー」リンク一覧

Part.1(2016年大統領選挙において議論がまともに行われなかった理由)
Part.2(トランプが支持された理由とヒラリーが支持されなかった理由)
Part.3(選挙戦の焦点であった移民法と大統領令の概要まとめ)
Part.4(アメリカ人が政治の素人であるトランプに投票できた理由とは [近日中に公開予定])
番外編(シアトルにおける反トランプデモ・レポート [近日中に公開予定])

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